『あなたの人生の物語』

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)
著者 :テッド・チャン 朝倉久志・訳
出版社:早川書房
発行年:2003
価格 :987円

表題作を含む八編を納めた短編集。
多少難解で読みづらいところはあるものの、いづれもSF的な想像力に満ちた傑作である。
物語的なエンジンは弱く登場人物の魅力にも欠けるので、そちらの方面を期待する向きにはお薦めできないが、くすぐりに留まらない知的な快楽としての読書を提供してくれるという点ではまさしく一級品である。


(以下、本作品に触発されての戯言)

ヘプタポッドたちの場合、言葉はすべて遂行文だ。"それら"は伝達のために言語を用いるのではなく、現実化するために言語を用いる。どんな対話においてもそこで言われることをペプタポッドたちがすでに知っているのはたしかだが、その知識が真実であるためには現に対話がなされなくてはならないのだ。

(P265より引用)

あなたは『世界の中心で愛をさけぶ』や『DEEP LOVE』があれほどまでに受け入れられたことを「遂行文」というキーワードと関連づける。それらを読む前から予めあなたは知っている。それがどのような始まりと終わりを持つのかを。あなたはその本を読むのだが、あなたにはその必要はない、あなたはすでにその本を読むという行動においてその本を読み終えているのだから。あなたはその本を解釈することはない、あなたはその本を読むという儀式において読者の役を演じているだけだからだ。そしてその役を演じることを反復することにより「恋愛資本主義」の共同体は維持され、本の中に記された予言はあなたという形で自己成就する。ということを、すでにあなたは知っている。あなたのそばでは六十年連れ添った夫が死を迎えようとしており、そのことであなたがどのように感じるのか、それをもうあなたは知っている。そしてあなたは再演する。

「ここに書いてあるとおりに読んでるけど」しらばくれて、わたしは言う。
「ううん、ちがうわ。このお話、そんなふうに進まないもん」
「へえ、お話がどう進むかがとうにわかってるんだったら、なぜわたしが読んであげなきゃいけないのかしら?」
「だって、聞きたいんだもん!」

(P266より引用)