蟹の横歩き ヴィルヘルム・グストロフ号事件

蟹の横歩き ―ヴィルヘルム・グストロフ号事件
著者名:ギュンター・グラス
発行年:2003年
出版社:集英社 
価格 :2100円


<あらすじ>
ダヴォスでユダヤ人青年に暗殺されたナチスの地域指導者ヴィルヘルム・グストルフ。彼の名をつけられたkdf船団の豪華客船グストロフ号もまた、大戦末期に東プロシアからの一万人近い難民を満載した航海の最中、ソ連の潜水艦によって撃沈される。その沈没の日は、奇しくもグストルフ自身の誕生日と同じであり、ヒトラーの権力掌握の日とも同じであったため、歴史上最大の海難事故であるにも関わらずその事件は長らくタブーとして語られなかった。
そして時は流れ、グストルフ沈没の最中に生まれた生き残りの一人である主人公は、ネット上で「殉教者グストロフ」を賞賛するサイトに出会う。そのサイトを運営するのは意外な人物であり、彼は自らの因縁と向き合わされることとなる・・・。そしてグストロフ暗殺をなぞるような事件が・・・。

 歴史と向き合うことの難しさをテーマとする相変わらずの一貫したグラス節である。良くも悪くも。グストルフ号に関しては史実のみが語られグラスの創作は主人公の存在に関して以外は差し挟まれないが、その史実と虚構との対位がまた史実のフィクション性を浮き上がらせる。美しい豪華客船を絶賛する当時のドイツ国民、大勢の難民が乗っていようとも多くの兵士も同時に運搬しているために躊躇うことなくその任務を果たしたソ連の潜水艦艦長、グストルフを暗殺することによりユダヤ人排除の口実を与えることになってしまうユダヤ人青年、そのすべてにそれぞれの真実がありそれぞれの歴史があった。歴史は生存者の口を通してしか語られないが、死者の歴史も沈黙者の歴史も存在してはいるのだ。全てを含めた形で語られない限り、歴史は再び繰り返すのだろう。

とりわけ、エンディングは苦い。。。