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ミシェル・ウエルベック:著  中村佳子:訳
角川書店 2002年9月 
P.360 1800円


<あらすじ>

四十代の独身男である主人公は、文化省勤めとはいうものの会計管理が中心である仕事にも興味が持てず、取り立てて熱中するほどの趣味も無く、特定の恋人もいないため性欲の解消のためにはもっぱら資本主義的な手段を用いている。そんな彼が、父親を殺人事件により失ったことによって、ある程度まとまった遺産を相続する。彼はヴァカンスをとってタイへのツアーに参加し、そこでヴァレリーという素晴らしい肉体と稀有なる共感力を持った女性と親しくなる。旅行会社のエリート社員である彼女は新たなリゾートプロジェクトの企画について悩んでいたが、主人公の助言をヒントとして画期的かつ古典的なプロジェクトを立ち上げることとなる。だが、当然それには大きな落とし穴が・・・。


ウエルベックは前作の『素粒子』が素晴らしい作品だったぶん期待していたのだが・・・

前作同様の毒に充ちたウエルベック節は健在なのだが、欲望を煽り立て競争を促す高度資本主義社会の不毛を扱った前作の陳腐な焼き直しというか、主人公の出会うヴァレリーという女性があまりにも主人公にとって都合がよすぎて些か興醒めしてしまうのが最大の難点。まあ、このように虚構性に溢れた<都合のよい存在>が偶然現れるのではない限り現代の資本主義社会下に住む人間の不全感は癒されえない、と読める点が他のご都合主義小説よりは数段マシなところですが。
結局、そんな幸運に見舞われないその他大勢の欲求不満者たちがどう解決すればいいのかというと、これが「買春のススメ」なわけです。それもヨーロッパ男性の自信喪失を癒してくれるのは東南アジアの少女たちだけだ、ということらしいし(笑 僕ちゃんたちは、みんな癒されたいのだ! 競争にはもううんざりなのだ、金をめぐる競争にも、女をめぐる競争にも。

それに、なんといっても本書は男にとって都合のいい小説である前に、インテリにとって都合のいい小説です。主人公格は全員裕福なインテリで、それゆえに悩むという部分はあるのですが、ツアーの参加者は悉く間抜け扱いされ、パリ郊外の若者やアラブ系移民に至っては殆ど獣じみた犯罪者扱いされているのを読むと「彼らにだって悩みはあるだろうに」とさえ思ってしまいます。あくまでも、「白人のインテリ中年男性」という視点から見ての「物語」に終始していると言えるでしょう。むしろ、かつては主流だったそういう「物語」が回復不能であることをめぐる物語とも言えるのではないでしょうか。

一番笑えたのはイスラム教徒の若い連中がテロに走るのは「欲求不満」だからと断じるくだり。自分たちが性的に抑圧され欲求不満(先進国とは逆の方向での抑圧)だから、他人が快楽に耽るのが許せないという。実はこのことこそが中心を貫くモチーフだったりしますが。それにしても、ウエルベックの語り口は「この人は人種差別主義者なのか?」と思わせるほどにヒドイ(笑 
出版時に問題になったはずです。だいたい、この人ってフランスではベストセラー作家なのだそうですが、どういう文脈で読まれているのか少し疑問が浮かんでしまいます。移民排斥運動も盛んなようですし・・・