球形時間

球形時間
多和田葉子:著
新潮社 
2002年6月 
171P 
1500円


派手な外見ながら優等生のサヤ、同性愛者の不良少年カツオ、その担任の民主的であろうとする教師ソノダ、三人の物語が交互に語られていく。
カツオに異常な敵意を持つ潔癖症のナミコ、太陽について執着する大学生コンドウ、サヤが喫茶店で出会う英国の老女イザベラ、など、それ以外の登場人物はどこまでが実在しているのか分からないような虚構と現実が入り混じるような筆致で描かれている。

これは、書物についての小説であり、日本についての小説であり、歴史性についての小説である。
我々が他者に押し付けるルールやモラル、その根拠について我々はよく考えようとしない。だが、かつての日本においては現在とは反転したモラルも存在しており、そのような歴史について我々は余りにも無知である。
そして、他者を排除する静かな暴力、それは他者が何を考えているのかを理解しようとしない独り善がりな潔癖症を根拠としており、加害者は多くの場合自らを被害者であると思いながら加害をなすのである。

文章は軽く読みやすいが、現代の風俗に言及する割に無知な点も多く、ユーモアを示そうとしているところも外し気味でいささか気恥ずかしい。(「文字化け」という言葉を誤用して、「誤変換」という意味で用いている個所もあるし)
それでも、自閉的な日本文学ではなく、世界や歴史に開かれた風通しのよさを感じることのできるのは、この作品の美点である。