さかしま

さかしま (河出文庫)
J.K.ユイスマンス:著  澁澤龍彦:訳 
河出文庫 
2002年7月発行 
1100円


<あらすじ>
特記するほどのあらすじはなし(笑
あらゆる快楽を享受した後に、あらゆるものに倦んでしまい、田舎の館に引篭もり己の認める芸術のみに囲まれて暮らす貴族の末裔デ・ゼッサント。19世紀という革新と拡張の世紀に背を向けながら、彼は倦怠と憂鬱、肉体の衰弱を友としつつ、ただひたすらに思索と回想の中に沈潜していく。


まるでポストモダン小説のような怪作。
ドストエフスキー地下室の手記』と並ぶ「引きこもり小説」(笑

デカダンス小説といわれるものの、そこに描かれているのは我々が一般に想像するようなデカダンスではなく、それらに倦んだ末に到達した肉体的・社会的不能者の美学的・精神的デカダンスが延々と澁澤龍彦の衒学的美文で描かれる小説。そのペダントリーの圧倒的質量と物語性の完全なる拒絶は、まさしく「一見さんお断り」というほかはない。(本文300ページに対して、訳註285項目60ページ!!)

「もの」に対する微細なこだわりと「ひと」に対する自閉的無関心は、ある意味ヌーヴォーロマン(もしくはニコルソン・ベイカー)の早すぎる先行者といってもいいだろう。主人公デ・ゼッサントの内面もまた「もの」との関わりに於いてしか位置付けられず、それは当時の主流であった自然主義文学とは全く異質なあり方であり、本作と互いに影響を与え合った象徴主義をすら置き去りにしてしまった感がある。

にしてもデ・ゼッサントの羨ましすぎること(笑
使い切れないほどの金さえあれば、私も引篭もって芸術三昧に浸りたいものだ。その前に倦むほどの放蕩を体験する必要があるのか?(苦笑

ちなみに、1962年に桃源社版が出て以来、1984年光風社版までいくつもの版があるというのに、なかなか手に入らなかった(本気で探せば手に入ったのであろうが)のだが、このたびの文庫化により庶民の私もやっと読むことが出来た。(本当は文庫化なんて似つかわしくないのだが。手の込んだ装丁に包まれた入手困難な稀覯本であってしかるべきだろう)

大変に読みにくい小説ではあったが、この小説の場合はまどろみながら読むのが正しい読み方のような気がする、喜悦と倦怠のあいだを揺れ動くような感覚のなかで。