『恥辱』

恥辱
著者 :J.M.クッツェー 鴻巣友季子・訳
出版社:早川書房
発行年:2000年11月


<あらすじ>
 ケープタウンの大学で英文学の教授をしている主人公は初老を迎えつつあっても性的なものに執着することをやめられない。彼はある女生徒に目をつけ関係を結ぶが、予期せずセクハラで訴えられついには職を失うこととなる。彼は娘が一人で暮らす田舎の農園に身を寄せ、(安楽死と去勢手術専門の)動物クリニックのボランティアを引き受け、彼の新しい日常が築かれていく。ところがある日、農場は強盗に襲われ・・・


 アパルトヘイトが終わりを告げた南アフリカを舞台とする小説。アパルトヘイトがなくなったとしても南アフリカの不幸がなくなったわけではなく、そこには変わらぬ貧困があり白人への憎しみと報復がある。そのような南アフリカの現状を背景に、主人公たちの個人的な恥辱が描かれていく。
 主人公とその娘は白人であり、その他の多くの登場人物は黒人であることが暗示されるものの、それははっきりとは書かれていない。それによって人種によってある程度規定されていた人間把握の枠組みが壊れ、人間関係においてもある種の混沌状態が出現したことを想像させるという効果を生んでいる。
 だが、そういった社会関係の混沌状態はあくまでも遠景であり、近景として描かれるのは状況に翻弄され「恥辱」を背負ってもなお生きていかなければならぬ人間の姿である。そこにはどのような救いもなく、ただ生きるという現実があるだけである。

 はっきりいって傑作です。何も言わず読むべし。